いてくれるだけでいい・・・
富 哲世
《娘よよく視な いま見ているのはやがておれの死顔だ》
(吉本隆明「母の死―死は説話である」より)
「としよりは同じはなしばかりで情けない」という父吉本隆明に、娘よしもとばななは「そんなことはないいるだけで嬉しい」と応えたそうである。この返答にはもちろん家族愛がある。そして人の宿命に対する受容と覚悟がある。なくしてはじめて知ることや、気づくことの普遍的な先取りもあるだろう。そして居なくなられてみれば、わたしにとってもまたいつのまにか、その人は、そこにいてくれるだけでいい存在となっていたのだ。迂闊なことに。
『もし自分の意識の根拠といいましょうか、あり方といいましょうか、それを信じていることができれば、多分その人は、宗教的な、までいくかどうかは別として、〈信〉の側の人だというふうに言えるわけでしょうし、ぼくは自分が〈信〉の側に立ってないというふうに思えるのは、どうしても最後のところで自分が自分の意識の存在の仕方ということをあまり信じてない……』(「親鸞の〈信〉と〈不信〉」より)
理念としての〈信〉と〈信じること〉がわたしのなかでうまく結びつかないのは、わたしもまた「不信の徒」であり、〈信じること〉がよくわからないからだろう。わたしには〈帰依すること〉への渇望がある。けれども潔くそうならないのは、要するにそれだけの出会いがないということだけなのかもしれないが、やはり意識の根っこのところに、どうしても腑に落ちない自己存在のありようがあるのだ。この根深い〈不信〉の、弱さ、迷い、優柔不断さは、『私は今の、この、現世の喜びだけを信じる』(太宰治「駈込み訴え」)の延長線上にあって、それの〈信〉のためにのみひたすら現実を幻想化し、虚構化して一時の喜びの脚本に執着する。それはいつ潰えても仕方のない頭も尾っぽもない蛇のようなものであり、その自己演技によって本質的に愛する者への裏切りを内包するものであって、それゆえわたしはわたしの内なる〈死〉を、〈不信〉の域から、空無へと変転させることができないでいるのだ。これがおそらく、わたしの〈不信の構造〉の現象学というものであるが、もしわたしにとっての〈信〉が、この自己不信と葛藤しながらもなお、それがあればかろうじて生きていけるというようなものであるとすれば、それは「そこにそのとききみがいた」ということに尽きる。それは何か、かけがえのなさ、のようなものなのだ。
吉本さんの生涯は、知としての〈不信〉を、理路としてどこまでも突き詰めていこうとするものであった。そして有限な存在として、次第に肉体的・生理的に衰えていって、同じ眠りとはいえ眠りの中身はちがうように、その内面ははかりしれないが、「大衆の原像」で考えた価値あるものの姿そのもののようになっていくことの一致が、存在の到達点であり、思想の到達点でもあった。吉本隆明の実存と思想の最大の一貫性は、そのことの辻褄の合わせ方にあったのではないだろうか。それは不思議な幻想であるような気もする。猫好きな者にとって「結局人間様よりこの子が一番偉い」という感懐はだれでも抱きうる思いである。「大衆の原像」の奥にある価値の普遍性とは、根拠なく成立するその偉さのようなものではないだろうか。そこにいてくれるだけで偉い。いてくれるだけでいい。
それから死は、その死顔を越えて、おそらく、わたし達のなかを旅していく。